<インタビュー・悠々ホルンさん>
ネット環境で、複雑化する「いじめ」
子どもたちが学校で悩むことには、本当にいろいろなことがあります。やっぱり、まずは「いじめ」でしょう。加害者が、クラスメイトや部活の先輩だったり、「先生からいじめを受けた」と訴える子もいる。「いじめ」は、ずっと大きなテーマです。
ただ今では、ネット環境が問題を複雑にしている側面がある。放課後、学校から帰宅してからも、LINEやSNSでつながっているからです。例えば、「友人のLINEグループから外された」「SNSで自分の悪口が書かれている」などに気付くなど。
加害者が被害者の子どもになりすましてクラスメイトの悪口をSNSに書くような場合もある。
しかもそれが拡散されたことで完全に消すことが不可能な「デジタルタトゥー」になる可能性がある。そういったこともあるので、自分がターゲットにならないようにと神経をすり減らしながら周りに必死に合わせている子もいるのです。いじめを受けている子はもちろん、いじめのターゲットにされないようにと苦しんでいる子も少なくありません。
親に相談できない理由
私にいじめを相談してくれた半数以上の子は、1人でかかえていました。「悩んでいたら真っ先に親に相談してほしい」と思う親御さんもたくさんおられるでしょう。ですが実際には、親だからこそ言えない子が結構いる。よくよく聞けば、その理由は切実です。「学校がつらい。でもせめて家だけは、自分が安らげる場所であってほしい。いじめの話を家の中に持ちこめば親が心配するし、今までの『明るい自分』ではいられなくなる」など。
中には、親に助けを求めたけど、力になってもらえなかったという子もいます。「おまえが悪いんだろう」と言われたり。子どもからすれば、一度そういうことがあれば「親は助けてくれないんだ」と諦めて、以降よけいに相談しづらくなってしまう。
また、親が追いつめられていたりすると、子どもが心配して、「自分が我慢しなきゃいけな」「負担をかけてはいけない」と思って口をつむぐ。夫婦でもめている家でも、そういうケースは多いかなと。
学校での相談を、負担に感じる心理
学校ではどうなのか。もちろん、勇気を振り絞って、自分から先生に相談した子もいて、問題の解決に至ることもある。一方で、いじめた方の味方をされ、助けてもらえなかったという子もいます。
私が出会った子たちが信頼できる相談者として選ぶのは、保健室の先生が割合多い。心身の不調が見られた際の休息の場、教室・授業から離れる手段として保健室を利用するからでもある。いきなりいじめの話は出てこない。「この先生は、ちゃんと話を聞いてくれるんだ」と信頼関係が深まっていく中で、ある日、たわいもない会話からポロポロと出てくる。
学校には「スクールカウンセラー」が導入されています。でも、常に常駐しているわけでもない。しかも相談を希望するときは、先生に「利用したいです」と申請する必要がある。これはハードルが高い。そもそも「相談」となると、何も言えなくなる子が多いんです。まず、自分の話を聞いてもらうこと自体、相手の時間を奪う「願いごと」みたいに感じてしまう。心身が弱っているとき、人からアドバイスされるもしんどい。いざ相談すると、何か「答え」を出さなきゃいけないと思ってしまうし、そもそも結果がどうなるのか分からない。いじめの加害者から、「チクった」と言われるかもしれない。見通しの立たないリスクを考えれば、「相談しなくていいか」となる。でも「雑談」であれば双方向のコミュニケーションになる。自分が一方的に、「すみません、聞いてください」ということもなくなる。だからこそ、「相談してください」という呼びかけは、大切ではあります。ですが、呼びかけて子どもから相談されるのを待つだけでなく、普段から雑談を重ねて信頼関係を深めながら少しずつ相手の子のことを知ることも重要です。
先生が自ら子どもに声をかけて、解決につながったパターンがあります。普段から生徒を見ていて、「表情が暗い」「元気がないな」と思えば声をかける。突破口じゃないですけど、そこから子どもの悩みに気付くことがあります。
高校時代、担任の先生の声かけに救われた
私自身も子ども時代、家庭環境にいろいろ深刻な問題があり、精神的にまいってしまって。それが体に出るようになる。学校でも吐き気がして、授業がつらい。やっぱり誰にも悩みを打ち明けられない。小学生の頃から、ずっと1人で抱え込んでいました。つらさを紛らわすために、過食して太ってしまったり、反転して拒食になり痩せてしまったり。
高校では、授業中も机に顔をうつぶせていました。そんな中、担任の先生が声をかけてくださったんです。その頃から私、音楽をやっていたので、「どうしたんだぁ? また音楽のことを考えていたのか?」と。
先生に部屋へ呼び出されて、2人で話をしたことがありました。その時の会話の9割方は「音楽」です。「わざわざ呼び出しておいて…」と不思議に思いましたが、周囲に心を開いていない私と、まず関係をつくろうとされたのでしょう。話の1割は、こちらの体調を気遣うことでした。当時の私は、欠席や早退が増えていく一方。先生は、そこにズカズカに踏み込んで聞くわけでもない。「つらいとき、休むことも大事だよ~」と言ってくれる。結局、その先生に、自分の家のことは話せなかった。でも、寄り添ってくれたことで「救われたことはあったな」と後年気付いたんです。
ときには先生同士で、連携してくださったようです。私が早退しようとすると、なぜか毎回、教頭先生が出て来る。「監視されているんじゃないか?」と思うくらい(笑)。教員室に呼ばれて2人と話をすることが何度もあって、当時は「ああ、面倒くさい」と。でも今思えば、先生方が心配してくれていた。だから、ひとりにならなかった。
先生側から、悩みを打ち明けられない子どもにアプローチすることは、すごく大事だし、効果的なんだということは、私自身が経験したことなんです。もし、その担任の先生がおられなかったら、ほぼ間違いなく退学してました。もしかしたら、自ら命を絶っていた…。
先生は、「キャッチャー」であれ
子どもとのかかわり方に悩む先生方には、「ピッチャーとキャッチャー」の話をすると、関心を持ってくださる。たいてい大人は、良かれと「ピッチャー」のように子どもに、「自分の言いたいこと」という「ボール」を投げてしまう。子どもからすれば、「この人の言うことなら…」という信頼感がないと、とてもそのボールは受け止められない。しかも精神的に弱っているときに、「あーしたらいい!」「こうしたらいい!」という剛速球を投げられても、つらいだけ。中には、「バッター」となって、子どもが言ったことを「いや、そうじゃない!」と打ち返す人もいる。何でも同調や肯定をして欲しいというわけでは決してありませんが、せっかく悩みを打ち明けようとした時などに、頭ごなしに否定されたりしたらそこで心を閉ざしてしまうことだってあります。
先生には、「まず、キャッチャー」になってくださいと。「私が、あなたの言いたいことを何でもしっかり受け止めるから、どんなボールでも好きに投げてもいいよ」という姿勢なら、子どもたちは言葉を発することができる。まず悩んでいる子の話を、さえぎらずに丸ごと聞くこと。「ちゃんと聞いてくれた」という体験を、子どもたちに届けられるかどうか。当たり前のようだけれど、このことが案外難しい。
「私、悩んでない…」とメールする子の苦悩
私は、日々悩む子どもたちから、メールや手紙などを受け取ります。学校の話でいえば、不登校中の子とか、不登校を経験した子からも、たくさんの連絡が来ます。こちらが聞かなくても、詳しいことをいっぱい教えてくれる。読んで気付いたのは、よく言われる「甘え」「なまけ」で不登校になった子に、私は1人も出会ったことがない、ということなんです。聞けば聞くほど、「あっ、この子、大変だったなぁ…1日1日がんばって過ごしていたんだな…」と。
中には、「自分がどうして不登校になったか、理由が分からないんです」という子、けっこういるんですね。「私は、悩みはありません」という子もいる。読んでみれば、「いやいや…とてもじゃないけど、よくそういう状況で、今まで耐えて来たね!」ということが、書かれていて。でも周囲は、学校に行けなくなったその背景に気付いていない、知らない場合がよくある。
不登校の子に対して、周囲が「甘え」「なまけ」と思うことで、学校に無理やり連れていこうとする場合がある。「子どもが、“学校に行かない”という問題を起こしている。だから、その問題を解決しなければいけない」と考えるからです。でも例えば、その子はひどいいじめを受けていた。学校に行けば、つらいことばかりあう。その子が「問題を起こす子」ではなく「問題に苦しんでいる子」だと気づくと大人の対応はガラッと変わるはずです。つまりは背景を知らずに子どもの良し悪しを判断すれば、気づかずに子どもを追いつめてしまうことがある。本当の問題点は子ども自身でなく、その子が抱える悩み・背景にある。

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