「子どもの意見表明権」とは?

子どもの意見表明権
「子ども会議」に来ない子どもたち

「こども基本法」の成立によって、子どもの意見表明権が全面展開しているお話をしました。

それをサポートしているのが、2023 年12月に閣議決定された「こども大綱」です。子ども・若者は、「意見表明・参画と自己選択・自己決定・自己実現の主体」であるとし、「意見形成への支援を進め、意見を表明しやすい環境づくりを行う」としています。後者は、まさに「アドボカシー」というわけです。しかし、具体的にアドボカシーを進めてくにあたって、子どもたちの現実が「壁」になっております。

 

つい最近も私は、武蔵野市で、子どもの権利条例の策定に携わりました。「ムサカツ」という子ども会議をつくり、2~3年かかって、子どもの意見を聞きながら内容をつめました。最大の課題は何かと言うと、「子どもが来ない」ということ。パブコメとしては、子どもから9000件ぐらい集まったんです。学校の先生も協力していただき、意見箱やアンケートなどの手法を使いました。しかし、子どもたちに実際に集まってもらい、直接意見を言ってもらおうと募集をかけても、子ども会議のメンバーは10人にも満たない。

 

大阪・富田林市でもそうでした。教育委員会の方が、「子どもたちが集まらない」とぼやくわけです。これは自治体だけではなく、民間の子ども団体が主催する子ども会議でも同じ。安全確保した上で意見を言うのは、子どもたちは得意なんです。でもそれだけでは、子どもたちが、自分の社会で、「今生きている」という実感を得られるのか。やはり子ども会議とか子ども委員会とか、対面型の意見を言える場で、話し合いに参加しながら、子どもたちの世代が、「こういう意見です」と言ってほしいわけですよ。それが、本来の「参加型民主主義」でしょう。

 

子どもが安心して意見を言える4つの要素

子どもが、意見を言うことに対して「安全じゃない」と感じるのは、リスクがあるからなんです。周りから「お前、”意識高い系”じゃねぇの?」「空気読めないやつだな」と受け取られかねないから、結構勇気がいる。恐怖すら感じてしまう。

 

最近、ヨーロッパで注目され、日本にも入ってきましたが、「ランディ・モデル」があります。「子どもが安心して意見を言える4つの要素」ですが、アイルランドのローラ・ランディ教授が提唱したもの。①「場・機会」(space)、②「声」(voice)、③「受け取り手」(audience)、④「影響力」(influence)です。

 

とくに①「space」は重要で、子どもが安心して、意見を言える場をつくるということ。それは一過性ではなくて、継続的な場であり、かつ成功体験をともなうところなんですね。今、子どもには、圧倒的に成功体験がないですよ。意見を言うと叱られてしまう。②「voice」は、「声」と表現されていますが、表明された意志(非言語的表現を含む人間として意志)、③「audience」は、「耳を傾ける者」ということで、子どもの意志決定につながる人々が想定されている。④「influence」は、子どもの意見が形式的なものではなく、実質的に意思決定のプロセスに反映され、影響、効果をもたらすことです。

 

以上の基本要素は、「アドボカシー」の議論でいえば、「実践論」の中の「意見実現支援」を支えるものとなります。

 

碑小学校にて、ゲーム「なんでやねん」を使った意見表明

2024年10月26日、「めぐろ子ども支援ネット」の活動として、私は、目黒区碑(いしぶみ)小学校で、「道徳授業地区公開講座」の講師を担当しました。1~3限目に「子ども向け授業/ワークショップ」(3クラス)、4限目は「保護者向け」(100人)を実施。

 

「意見表明支援」ということで、子どもたちが自由に意見が言えるように、関西で評判になっていたゲーム『なんでやねん』を活用しました。でもねぇ、1クラス35人って、やっぱり多いですよ! それで、5~6人が1グループとなり、6グループに分かれてもらう。日常生活の中で、「なんでやねん」「おかしいやないか」と思ったことをみんなで出し合って、ポストイットに書いたものを模造紙にまとめ、それを体育館に貼り出してもらいました。

 

子どもの声を発信させるというときに、やっぱり中身は、家庭や学校のことになるんですよ。親が傍にいたら、言えますか? 一番苦労したのは、彼らを子どもから引き離すことです。最初、親には、録画した子どもの授業の映像を、別室で見てもらう予定でしたが、PTAから「公開授業なのに、なんで私たちに公開しないんですか?」とクレームが入ってしまいました。それで、教室から離れたところで見ていただくことに。子どもたちが意識して、なかなか進んでいかないということはありましたが、元気のいい子たちが楽しんでくれました。

 

ポストイットは、私が全部回収して、貼り出せないものは、私の方で管理して、後で担任の先生の方にお渡ししました。やっかいなのは、「イジメ」ですね。「つらい思いをした」というのが書いてある。意見を発するというのは、良い意味での子どもの意見表明だけでなく、「SOS」の発信でもあるんです。虐待の問題にもつながってくる。だから意見表明って大事なんです。

 

アドボケイトの資格者と支援者の広がり 

こうした活動は、私がずっとかかわってきた「チャイルドライン」にも重なっています。電話やチャットを通じて、18歳までの子どもの声を「傾聴」する活動ですが、子ども支援の中でも非常に重要なのは聴くこと。その力を、大人は忍耐強く持たないといけないんですね。すぐに途中で意見を言いたくなる人が、たくさんいますが。

 

「アドボケイトの約束」というのがあります。①「なんでも聴くよ。一緒に考えるよ」、②「秘密は守るよ。誰にも言わないよ」、③「周りの大人に伝えたいことがあったら、伝えるお手伝いするよ」。④「イヤになったら、途中でも話は終わっていいよ」。③は、「代弁支援」にあたります。2024年4月から、厚生労働省が制度化したアドボケイト制度の中で、「子どもの意見表明等支援員」が担うもの。アドボケイトの真骨頂は、この代弁支援だと思います。

 

実は、子どもの意見表明支援は、今、たくさん求められている。アドボケイトの資格を持つ職員が、児童相談所や児童養護施設などに入っていますが、間に合わないです。一方で、アドボケイト的な役割を果たしている人は、すでに多く存在している。私たちのような子ども支援者で、チャイルドネットもそうです。学校側でいえば、スクールカウンカセラーやスクールソーシャルワーカーも、アドボケイトの一翼を担っているわけです。ですから、本来なら、教育現場にいる教師も、子どもの意見表明の支援者であってほしいですね。

 

取り残されがちな「障害者」と「乳幼児」

意見代弁者支援で、障害のある子どもの問題があります。先日、ある大学の入試で、合格の枠内なのに「不合格」とされたとご家族から相談を受けました。大学側は、「障害のあるお子さん自身に、入学の意志はない。受験をサポートしている援助者の意見が支配している」と説明するわけです。これなんか典型ですよね。

 

障害行政全体にも、こうした傾向がある。その子当事者の意見、親御さんの意見ではなく、行政側の意志を入れてくる。「この特別支援学校へ行きなさい」と、子どもの「代弁」をするのでなく、「代行」もしくは「代替」してしまっている。国連障害者権利委員会でも、「代行・代替行政はやめなさい」と勧告しています。

 

国連は、「子ども権利条約」において、第12条で、乳幼児の意見表明権についても謳っています。乳幼児の意見は「views」であり、「opinion(意見)」ではないとします。「view」とは、「意見を狭く捉えず、その子どもの感じたこと、見解、見方、感じ方」という意味合いが入ってくる。また「乳幼児のfeeling(気持ち)の尊重」を提唱しています。赤ちゃんの気持ちから「意見表明」を読み取り、アドボケイトしていくには、保育士の役割が期待されてくるわけです。

 

「対等」を築くために、大人が子どもの方に出向く

形式的な意見表明参加なんかではなくて、実質的に子どもたちが社会的に影響力を行使できなければならない。そのためには、少年事件で子どもに長年寄り添ってきた弁護士の坪井節子さんが、こう言っておられます。「子どもの社会参加の場合は、社会活動への参加を先においてしまうのは違う。自分自身が人生の主人公になるように、自分の人生に本当に主体的に参加すること、おとなとの関係が主体的なもの同士の対等な関係でなければ『社会参加』が実現しない。…子どもが自分の人生の実現のためにパートナーとして対等に生きていくこと、おとなが本当に対等な関係に参加することが、おとなにとっても幸せなんだということ」。「子ども参画」を論じているイギリス人の作家ロジャー・ハートは、子どもの参加というのは、「大人と子どもとの1種の共有」という言い方をしてます。

 

行政職員によく言っているんですが、「実際、あなた方が学んでいる『意見表明』は、あくまで特殊な分野ですよ」と。子ども政策を実施したい際の立案に、子どもの意見を、しっかり反映しなければならないということです。これは子ども基本法11条にも唱えられています。ただそれは、実際には「子ども政策への意見表明」であることが多く、「子どもの意見表明全体」になり得ていない。例えば、「文化活動」や「遊びの権利」などは、見落とされがちです。しかし「子どもの権利条約」第31条には、「遊びの権利」「文化生活の参加の権利」があります。この講義の次に、「アート」のことが入りますが、ぜひ関心を持っていただきたいと思います。

 

また、武蔵野市で感じましたが、実際の子ども施策に、子どもをかかわらせようとすると、ほとんどの例外なく逃げちゃいます。当然です。子どもにとって切実な課題じゃないからです。政策や施策を切実に感じるのは大人なんです。だから、関心のある大人が、子どもの元に出向いて行って、話を聞かなくちゃいけない。ちゃんとやるなら「出前型」になるんです。しかも「出前型」をやるときは、「今度、おじさんたちが、こういう理由で行くからね」といった事前説明もするような、丁寧な対応が必要なんです。

 

そして、学校現場をどうするか。「指導」や「校則」なんかで縛られる環境で、子どもが元気づけられるわけがない。私は教職課程を40年間勤めました。さらに早稲田大学大学院におりまして、教員養成にもかかわってきた。在職中に、「教育の専門性、普通教育の在り方は、5割引きすべきだ」という大激論をやったものです。教師たちは、「模擬裁判」の体験授業やらグループワーやらで、「子どもの意見表明をやってます」と言うでしょう。しかし、そこでは、授業をうまくやるためのテクニックとして、子どもの意見を聞いているだけ。生徒会もそうです。生徒会は、学習指導要領上の特別活動で、従来の教育方法なんです。本当に、子どもたちの意志を尊重して学校づくりを進めているのか。子どもが「こうしたい」ということをまずは後回しにして、教師が「こういう風に教育しよう」と優先されてないか。

 

今、認定NPO法人カタリバが中心となる「ルールメイキング」という活動に、注目しています。学校の校則・ルールの対話的な見直しを通じて、みんなが主体的にかかわれる学校をつくっていくという取り組みです。素晴らしい活動ですが、この場で詳しくお話できる時間はありません。

 

子どもにとって意見表明することは、持続的な要求になかなかなってこない。そこを大人側が支えていくということが、非常に大事だということを申し上げて、私の話を終りにしたいと思います。ありがとうございました。

 

(文責/ライター上田隆)

 

 

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