<インタビュー・寺前ももこさん>
【教職員時代】
中学校の教師時代、日本の教育に葛藤
社会に出てすぐ、兵庫県の中学校で、英語教師として働いていました。やがて違和感を覚え始めます。学校で自分が教えているのは「受験英語」。アメリカに留学したとき、英語を生きた「言葉」として体験しました。でも、どんなに「受検英語」を教えても、子どもたちは、人と心を通わせる「言葉」として習得できない。「日本の教育って、変えないといけないんじゃないか?」と思ってしまって。若い自分には、手にあまることです。「だったら、小学校に異動しよう。クラスが持てるので、自分なりの教育をやってみたい」と考えました。
中学校に勤務しながら、大学の通信教育を受講し、小学校の教員免許を取得。神戸で、兵庫県と東京都の一次試験を両方受けて、結局東京都で採用いただいて。それで東京都八王子市の小学校に、教師として赴任することになります。
「学活」で問題をディベートし、ルールもつくる
私は、小学校で、担任の裁量でできる「学活(学級活動)」をとても大切にしていました。みんなで「話し合う」「対話する」ということに重きを置いたんです。
例えば、子ども同士でトラブルがあったとき、それを議題にする。賛成派反対派に分かれて、ディベートすると活気づきます。自分が賛成だと思っても、あえて反対派に行って意見を言ってもらう場合もある。私が提案したのは、「自分で考えたことを、必ず各々みんなが発言する」。そして、「否定しないこと」。どの意見も「〇」です。「あっ、そういう意見もあるんだ」と受け入れることの大事さを、子どもたちにはいつも伝えていました。「世の中には、自分の考えと合わない人が山ほどいて、そこで別に仲良くする必要もない」とも。無理をして相手に「染まる」ことはせず、自分が「自分」であればいい。1日過ごす仲間たちだからこそ、その訓練ができる。もう修行ですね。
学校内の「ルール」もつくりました。ルールって、「自分たちが使いやすいように変えていく」というのが、集団生活の在り方だと考えていますから。「給食」も議題になりました。早く食べたい多動の子は、全員の配膳が終わるまで待てない。それを「待ちなさい!」と指導するのは違うのではないかと。議論の中で、「一番初めに配膳されたら冷めちゃう」「目の前にあって食べれないのはつらい」などの意見が出ました。結論としては、「全員を待たなくていいよね」と。話し合いの末、「グループごとに配膳が終わったら『いただきます』して食べよう」というルールになりました。日本の給食でスタンダードな「全員配膳」をやめたわけです。
小学3年から6年までのクラスを持ちましたが、議論から決定まで、どの学年もできました。私は、視覚化するために、意見を黒板に書き記すことに専念します。高学年になると、自分たちで司会もやってもらって、こちらは門番のように見守るだけ。いろんな意見やアイデアが次々出てくるので、本当に面白い。
学級通信を週3回発行し、保護者ともつながる
「学級通信」は、週3回発行してました。基本的には、個々の子どもの頑張ったところ、良い行動を記事に。「学活」の模様も、話し合われたテーマや、どんな子がどんな意見を言ったなどを記しました。自分の名前が出ると、子どもたちも嬉しいし、励みになる。
もう1つの発信先は、保護者の方々。日々の子どもたちの姿や、私が、どういう思いで子どもたちと接し過ごしているかを伝えたかったんです。「一緒に子どもを育てていく」という気持ちもある。そんなつながりのツールとして「学級通信」は有効なんです。保護者には、電話もよくかけていました。トラブルがあったときではなく、「この子が、こんな良いことをしてくれました」という連絡です。教員時代は、保護者からのクレームを1度も受けませんでしたよ。
「今まで通りの教育」を求める管理職の壁
でも、こういうやり方をしていると、管理職に叱られます(笑)。呼び出されては、「今まで通りの教育でやってほしい」と注意されました。私が不在の際、クラスに入った教員が、「寺前のやり方に合わせられない」と苦言。でも教育現場は、従来のやり方に合わせるようギュッと固められがち。本来、子どもたちに大人が合わせるべきなのに。もちろん、子どもの未熟なところには合わせませんよ。
考えてみてください。子どもたちが学校にいる1日は、本当に長い。8時半から3時半、4時までです。毎日来るだけでも「100点」だと私は思っている。「ここにいるのが苦しいな」って思う子どもたちがいないよう支援するのは当然のこと。だから、45分間、ずっと座らせる授業を、あまりやりませんでした。基本的には活動させる。私が話すことは少なくし、話すのはもっぱら子どもたちに。
管理職は「他のクラスでも、できないことでしょ」と、私のやり方を認めてくれない。それに対してずっと闘い続けますが、一教師の力では学校全体は変えられない。どんなに頑張っても、自分のクラス30~40人の子どもしか直接はみられない。その限界に気づき、学校をやめてフリースクールをつくろうと決意。民間から変えていく方が早いと思ったんです。
【フリースクールでの実践】
学校を退職して、フリースクール「ももの木」を設立
当時、小学校を4年勤務し、3人目の子を産んで産休中でした。そのまま退職して、フリースクールを立ち上げようとしたわけです。夫は意外にも「安定した仕事を、なぜ辞めるんだ?」と驚いていました。「今の子どもたちに合った教育がしたい」と話し合いを重ね、何とか理解してくれて。2023年3月に退職して、4月には、基礎学習・探究型学習を行う「もも塾」をスタートしました。準備期間もほとんどなく、「ハコ」だけつくった感じかな。場所は、日野市です。まずは「地元の子どもから救いたい」ということで。
その後、子どもたちや保護者とかかわる中で、塾という形だけでなく、もっと子どもたちが自分らしく学べる「居場所」が必要だと感じます。そして同年10月、フリースクール「ももの木」をオープンしました。
このフリースクールも塾も、「モデル」がとくにありません。自分がやってきた教育で「いいな」と思うものを詰め込みました。スタッフは、みんな名前で呼んでもらうことに。代表の私も「ももちゃん」と。私たちは「先生」でも何でもないと思っています。ただちょっと、人生の先を行く先輩ではありますけど。大人たちが、子どもたちから学ぶことだって多い。何を持って「先生」なのか、というところには疑問があったんです。
1日のカリキュラムは、全て子どもたちが決める
フリースクールを運営してまず嬉しかったのは、少人数の良さを実感したこと。個のペースに合わせて指導ができるので、どの子も落ち着いていくんです。
毎朝、子どもたちに読み聞かせをして始まります。「本」から学ぶ豊かさを知ってほしいので。その後、1人1人に、体調と心のバランスを含めて10点満点での点数を、ホワイトボードに書いてもらう。自分が10点だとしても、3点の子もいるかもしれない。他の仲間も気遣って、今日一緒に過ごすようにと。
1日のカリキュラムを決めるのは、子どもたち自身です。室内学習や野外活動から昼食まで、全スケージュールを話し合う。「今日は体調の悪い子がいるから、外に行くのはやよう」とか、「今日はみんな元気だから、1万歩ぐらい歩いてけそう」とか。遠足や社会科見学などのイベントごとも、テーマ、過ごし方、持ち物など、すべて子どもたちが決めます。しおりも自分たちでつくりますよ。ここでは、他者を尊重しつつ自分も大切にする「民主主義」を学んでほしい。だから多数決ではなく、すべてを話し合いで決める。もちろん、内容はスタッフが見守り、またはチェックし、最終判断をします。
私が小学校でやっていたことと同じですが、「ももの木」で大事にしていたのは、人とのかかわり。自分が1人でいると元気がないままの1日なのが、友だちと過ごすことでちょっと明るくなれるかもしれない。グルーブに入れず、1人で過ごす子もいる。それはそれでいいと周りも認めてあげる。基本的には、認めて支えて、励ましていくスタイルです。そうした中で人間関係を深く体験してほしい。
ちなみにその日の最後には、「今、何点ですか?」と聞きます。たいてい、みんな点数が上がっています。
「学校」に合わず、傷ついた子どもたち
小学校では、学習指導要領にそった教育に合わない子どもたちがたくさんいる現状を見てきました。私たちのフリースクールに来ている子どもたちは、学校を息苦しく感じてしまう。アーティスト気質の子が多いですね。芸術、音楽面などで秀でていたり、何かに突出している。まんべんなく学ぶことが難しい。そうあっていいと私は思っていて。「『好きなもの』があるということは素晴らしい」と、いつも子どもたちには伝えています。
いじめや喧嘩などのトラブルは、未然に防ぎます。そうなりそうだなというときは、スタッフが必ず間に入って、違う話題にして意識をそらせるなどの対応をしています。ここには、心にいろんな傷を負っている子もいる。親から「教育虐待(子どもの能力を超えて、過剰な学習を強いること)」があったり、中には教員から加害行為を受けていたり。これ以上、トラウマを抱えさせてしまうことは許されません。
「プラスのことであれば、思っていることはすべて言葉にしよう」とも言っています。みんなで郊外で遊んだときもそう。「秋になって、この葉っぱは色づいてくるんだな」「今日は外出できて、気持ち良かった~」など、感じたことを全部口にしてみようと。
保護者は、子どもを一緒に育てる「パートナー」
学校では通常、教員から積極的に保護者とコミュニケーションをとることは稀です。ですが、フリースクールであれば、保護者は日々お迎えに来られますし、スタッフと言葉を交わす機会も多くある。
「ももの木」では、毎月1回「ももカフェ」という保護者会も行っています。グループワークで、みなさんの意見を聞くことも。「思っていることは、どんどん話してください」と。わだかまりがあっては、ものごとがマイナスに進んできますから。思えば「ももカフェ」は、小学校時代の「学級通信」とつながるのかもしれません。
保護者との関係が近く、友だちみたいな感じです。「一緒に子どもを育てるパートナー」として考えてもらえれば、いいかなと。私は、保護者にも「ももちゃん」と呼んでもらっています。
保護者がよく驚かれるのが、ここに通う子どもたちが、次々と学校に戻ること。早い子で3カ月かな。ある子は、学校へ行くだけで、嘔吐が止まらず、病院に通っても原因が分からなかった。でも、元気になりました。ただ、「居心地がいいから、ここにずっといたい」にはならない。学校へ戻っていく…。「あなたは、あなたのままででいい」と、周りが受け入れてくれるから、安心するからでしょうか。不思議に思うので、いつかエビデンスをとりたいなと。

コメント