依存症が、「生きる痛み」引き受けた

依存症

<インタビュー・後藤早苗さん>

 

高校時代から始まった「拒食症」

10代から、拒食とアルコールの飲酒が始まりましたが、どっちが先だったか…。

 

17歳のとき、ちょっと好きな人ができました。「どうやって好きになってもらうかな」と思ったとき、「まず痩せよう」と。当時、中学の部活で運動していたので、よく食べてたんです。すごく太ってたわけじゃない。1人暮らししてた姉が久しぶりに帰ったとき、ダイエットの仕方を聞いたんです。「何か食べるから太る。食べても吐けばいい」とアドバイスされる(笑)。早速、食事の量を減らします。体重は落ちていきますが、ある一定のところから下がらない。少しでも食べると罪悪感を持ってしまう。姉の言葉を思い出して吐いたんです。それが癖に。

 

姉は、スタイルが良くて綺麗な友だちが多かった。私と比べて、「あんたを紹介するのは難しい」と、ダメ出し。認めてもらおうと、さらに食べなくなる。ここから「拒食症」が始まったのかな。

 

母親も、見た目を気にする人だった。洋裁関係の仕事もしていたので、美的センスも鋭い。その母親が、痩せる私を見て、褒めてくれたんです。自分でそう思い込んだのかもしれませんが、痩せることに関しては、姉に勝てたと。ほかのことでは勝てないですから。

 

ダイエットの薬に、アルコールが加わる

ダイエットのお薬も飲むように。バイトしたところがパン屋で、売れ残ったものをよく口にしました。体重が増えて焦り、ダイエットのやせ薬を使い始めます。ちなみにそのお薬は、万引で手に入れていました。高校の友だちに「簡単だよ」って誘われたのがきっかけ。

 

そこにお酒と市販薬も入ってくる。夏休みにたくさん飲みましたが、高校をやめてからは、バイト先の先輩に居酒屋へ連れて行ってもらうように。年上の人と仲良くなれるタイプなんです。やがて、昼は市販薬、夜はお酒を飲むように。食べては吐く「拒食症」も合わさって、ガリガリに痩せていきました。

 

優秀な姉と、困った両親

姉は、小学校のときから勉強ができて、運動ができて。さらに絵が上手くて、よく表彰されてました。学校では、学級委員や生徒会長もやっていて、とにかく優秀なんです。3つ違いですが、中学校の部活では、姉の妹ということで、先輩たちに可愛がってもらいました。住んでいた社宅のご近所の人たちからも、「お姉さんはすごいね」と言われ。私は、別にそれを重荷に思うこともなく、むしろ誇らしかった。

 

母親には、ギャンブルとアルコールの依存がありました。私が幼稚園の頃から、パチンコ通いです。小学校低学年のときは、不倫して一時失踪。家に戻りましたが、やっぱりギャンブルとお酒に明け暮れる。父親は毎晩飲み歩いて、帰宅するのは早くて夜11時、遅くて深夜2時。パチンコから帰った母親と鉢合わすと、よく大喧嘩になって。

 

姉は、言葉に出しませんが、そんな家庭環境がとても嫌だったようです。家の中では、自室にこもって「自分の世界」に入る。常に「優等生」でいるプレッシャーもあったかもしれない。いつもイライラして、「近づくな」オーラを出してました(笑)。

 

子が親の大喧嘩を仲裁

母親は、よくキッチンでお酒を飲んでました。酔って帰宅した父親に、大抵「お金が必要なの」と迫る。「なんでだ?!」と問い詰めれば、「パチンコで負けたら」と答えるので、言い合いに。喧嘩が始まるとかかわりたくないので、姉妹とも各々の部屋に籠ります。私は、眠らず、様子はうかがう。ときどき大変なことになってないか、確認しに行きますから。

 

すごかったのは、母親ですね。相手が傷つくことをめちゃくちゃ言ってましたが、筋は通ってる。父親はたいてい泥酔していて、変に理屈っぽくてまとまりがない。お互い会話になってないんですね。結局、いつも父親が言い負かされ、母親にお金を渡してました。

 

中学校3年のとき、警察を呼んだことが。母親が包丁を持ち出して、父親が風呂場に逃げ込んだんです。その時は、さすがに姉も部屋から出て、警察に電話。私は、母親をなだめました。警察官が来た頃には、喧嘩は収まっていましたけど。しっかりしていないと、あの家では生きていけなかったですね。

 

母が期待していたのは姉

両親から「勉強しなさい」とは、一切言われませんでした。姉は、言われなくても勉強しますし、しなくてもできる人。私も、自分のことは自分でやることが身についてる。

 

小学校5年生になると、担任がとても良い先生で勉強が楽しくなり、家でも教科書を開くように。成績も上がり、元々運動が得意なのもあって、5・6年生の通知表は格段に良くなって。母親に見せたら、一応褒めてくれたんですけど…いや、嬉しそうでした。 「あんたがやれば、できる!」と。

 

でも、母親が期待しているのは姉の方で、人生を決めてる感じでした。絵画教室を勧めたのも母親。姉本人は共学の高校に行きたかったようですが、レベルの高い女子校へ行かせます。アート方面に進ませたかったようで、姉自身もそれを希望していました。私は自由だったんです。期待されてませんでしたから…。

 

「いじめ」で高校に幻滅

高校は、1年で退学しました。きっかけは、いじめかな…と、いっても私がいじめられたわけじゃない。

 

女子にはスクールカーストがありました。これは私のラッキーなところですが、全体的に仲良くできたんです。特に仲のいい人でなくても適度に付き合ってる。ある日の放課後、入ってたグループで、「最近、あの子、調子に乗ってるから無視しよう」という話が出た。言われてる子とは、とても親しい。だから、話に乗ったふりはするんだけど、実際にはいじめに加わりません。そのときの休み時間、なにげに他のクラスに遊びに行くんです。後で「何で言う通りにしないの?」と、誰も責めなかった。私、大丈夫だったんです。元々、小・中学校を通して、いじめは好きじゃない。さすがに高校入って、そんなことはないだろう思ってましたが、やっていた…学校がバカらしくなったんです。

 

いじめだの、恋愛の話だの、私はそれどころじゃない。友だちと話の内容は合わせられても、考え方や対処の仕方が、「子どもっぽい」と思ってしまう。周りからは、「なんか変わってる」と言われて。先生と話している方が楽しいし、良い関係だった。私が授業中に寝てても、「しょうがないやつだなぁ」とイジりはしますが、叱られませんでした。

 

母からバイト代を使い込まれる

高校に入って、バイトを始め、お金を稼ぐように。友だちと遊びに行ったとき、銀行に寄って口座を見たら、お金がぜんぜんない。  母親が、パチンコ代のために引き出してた!  一人暮らしを始めていた姉は、絶対貸しませんでしたし、私にもそれを求めます。でも貸さないと、母親は、蒲団に入って動かなくなるか、暴れるか(笑)。

 

母親から、愚痴や悩みはずっと聞いていました。不倫相手のことを相談されたのも、小学1年生のとき。「会わせたい人がいる」と言うので、図書館へ一緒に行って、その人に会ったんです。子ども心にも、「このことは、父さんにもお姉ちゃんにも言っちゃいけないな」と、ずっと黙っていました。

 

食器を叩き割った母の想い

母親にお金を貸さなかったとき、逆上されたことがあります。家中の食器を、怒鳴りながら叩きつけました。後片付けは、全部私がやりました。さすがに、「なんという親なのか…」と空しくなりましたよね。

 

後の話ですが、私がお酒を辞めて、自助グループに入ったとき、ワークショップで当時のことを振り返りまして。すでに母親は亡くなっていましたが、「なんであんなことをしたんだろ」と。「思い描いていたような結婚生活ができない」と、酔ってつぶやく母親の姿が浮かびました。結婚したら、新しい食器を買うじゃないですか。食器を叩き割ることは、結婚に失敗した「自分」を壊しているのと同じだったのかなと。高価な食器を集めるのが好きな人でした。私がごく幼いとき、家族は大阪から埼玉に引っ越こしてきましたが、そのときもたくさん買ったようです。

 

お酒を飲み始めたのは、中学生のとき

私自身がお酒を飲み始めたのは、中学生の頃です。部活をやめた頃、放課後、友だちの家に集まって飲んだのが最初かな。家のお酒は手をつけず、コンビニで買って持ち寄りました。みんなで酔って騒ぐうち、「お酒は楽しいものだな」と。

 

そのとき、友だちのお母さんが仕事から帰って来ちゃって。男の子は帰されて、私だけが残されました。友だちは泥酔して、まともに話せない。彼女のお母さんは、私に向かって、「あんたと付き合うようになってから、娘はこんな風になった!」と責める。カチンときましたが、自分だけのせいでないことを、冷静に言い返しました。そのお母さん、私の親と話したいからと、車で自宅まで送ります。夜だったので、いつものように両親とも不在。母親にバレたら殺されるぐらいに怒られたかな。

 

本当のことを話しても、理解されない

私の家では、友だちを呼んじゃいけないことになっている。高校1年のとき、ある友だちが、「なぜそうなのか?」と尋ねます。その子の家に、私はしょっちゅう行ってましたから。それで母親のことをはじめ、家族の事情を説明したんです。次の日に学校へ行ったとき、友だちの態度がよそよそしい。親に話して、「もう付き合ってはいけません」とでも言われたのでしょう。それ以来、家族のことを他人に打ち明けなくなりました。なにか母親を悪く言われるんじゃないかという気がして。私、別に母親が嫌いなわけじゃない、好きだったので。

人に迷惑をかけてしまう飲み方

家でも学校でも、ストレスがたまるばかりなので、お酒を飲むと発散できましたね。高校生になって飲む機会が多くなると、一緒に付き合ってくれる友だちが増えた…というわけではない。たいてい「あなたとは、もうこりごり」となってしまいます笑)。

 

酔うと泣いて帰んない。わけの分からないことを言い出すし、人に電話かけちゃうし。友だちと飲んでても、その場がつまんなかったりしたら、まったく知らない人たちの席に行く。男の友だちが心配して探しに行ったら、なんか向こうで楽しそうにしてる。連れ帰ろうとしたら、先方が怒って喧嘩に。私は酔っぱらってヘラヘラしてる…。

 

「せっかく飲みに来てるんだから、量を飲んで盛り上がらなきゃ」といつも思ってしまう。私が一気飲みを男の人に勧めて、具合を悪くさせたりしたことも。自分だけ、楽しいんです。

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