不登校、まず親が変わろう!

不登校

<インタビュー・佐藤裕子さん>

 

小学校時代を「不登校」で通した長男

中学生3年の長男は、小学生のとき、ずっと不登校でした。中2の長女と小2の次女は、ただ今、絶賛不登校中です! (笑)。

 

まずは、長男の経緯から。元々、小1のときから、月に1回は「お腹が痛い」などと言っては休みたがる。私は体育会系なので「大丈夫だよ、行きなよ!」と、無理やり行かせてしまう。つらそうなので休ませると、けろっと腹痛がおさまる。「やっぱり、サボリたいだけかな」としか思えなくて。

 

コロナ禍となった3年生から、(感染を避けるための)「分散登校」で通うことに。学校へ宿題のプリントを取りに行くだけの日もありますが、それさえも行きたがらなくなる。代わりに私が行ったり、手を引っ張って一緒に行ったり。しだいに「なんでだろう?」と首をかしげるうち、どんどん登校の間隔が開いてくる。

 

長男が、はっきり「小学校へ行かない」となったとき、「何で? 何で?」とうろたえました。私自身は、子どもの頃、学校が楽しくて、熱が出ても行くくらいでしたから。「息子が、中学、高校もこのままだったらどうなるだろう」と、将来への不安が心に押し寄せて来る。自分が安心するために「行きなさい!」と叱りつけてしまう。

 

結局、不登校は続きます。4年生は半分程度、コロナ禍が明けた5年生のときは月に2~3回ペースとなり、6年生ではもう1回も授業に出ませんでした。卒業間際に、卒業アルバムに載せる個人写真の撮影をしに行ったことだけは、良かったなと。

 

コロナ禍中、家では鬼の形相で子を叱り続け

コロナ禍の時期が大変でした。私自身が、ママ友とも話せなくなり、ふさぎこんでしまう。家ではずっと子どもと向き合うことになり、宿題をはじめ学業を、私が全部管理しようとしました。時間割をつくり、図工や体育も入れ、「Alexa」でチャイムを鳴らすなど工夫。でも長男は、「自由に遊びたい」とやってくれない。ゲーム依存になってしまい、やめさせるのが難しい。シューティングゲーム「フォートナイト」なんかにあまりにも熱中する。私もお構いなしで「スイッチ」を切る。すると長男は、「もうちょっとで勝てそうだったのに!」と激怒する。こちらは「時間を過ぎてやってる、あんたが悪いんだよ!」と決めつける。

 

私は、もう角が生えた「鬼」ように怒ってました。目もつり上がっていたでしょう。つらい思いをした長男は、下の長女に当たる。長女は、一番下の次女には当たる。すごい負のループが、家庭内を巡るわけです。

 

ダンナはいつも仕事で家にいないから、「息子が、こんな状態なんだよね」と言っても、ピンとこない。でも、不登校がだんだん長引いてくると、「お寺にでも入れ!」「ゲーム依存症の病院に入院させる!」などし叱りつけるように。普段は、穏やかな優しい父親なんですが。

 

長男は、どんどん殻に閉じこもり、引きこもり状態に。歯を磨かない、お風呂に入らない。髪も背中ぐらいまで伸ばすので、私は三つ編みにして遊んでました(笑)。人目も怖くなって外で出られない。まさに「社会」をシャットアウトした状態に。

 

その頃、次女は3歳で、手のかかる時期でした。育児や家事に追われて、自分の時間がまったくなくなり、本当につらい。あるとき、次女と公園から帰ると、グワッとめまいがする。娘に手をつないでもらって、やっと家にたどり着いた感じです。これはヤバイなと…。

 

メンタルクリニック通い、子との関係を180度変える

ダンナに相談すると、荒川区にあるメンタルクリニックを見つけてくれて。「依存症」を専門にされている、とても良い先生に巡り合うことができました。相談内容は、長男のゲーム依存や不登校のことですが、クリニックに通ったのは私だけ。アドバイスをいただいて、少しずつその通りに実行していきました。まず、私とダンナが変わらなきゃいけないということが分かったんです。

 

長男の不登校について話し合ったとき、先生は、「不登校児を抱える家族の問題の大多数は、母親過干渉、父親不在にある」と指摘。うちは典型的に当てはまる。もう1つは、「長男長女に多い」ということ。親の期待を背負いすぎてしまうわけです。本音では「何とか学校は行かせたい」と思っていました。でも先生が、「行かせるのがゴールじゃなくて、子ども自身がどうなりたいか」「家にいて幸せな方が、その子にとっていいこともある」と言われてハッとしました。「もう行かなくていいや!」という「諦め」から、「これでいいんだ。行かない方が、息子にとって幸せなんだ」との「許容」に、気持ちが変わっていったんです。

 

夫婦ともに、怒ることをいっさいやめて、子どものありのままを受け止めることに。私の方は、「女優」になった思いで「優しい母親」を演じ、ガミガミをやめる。子どもに対し、1歩、2歩どころか、3歩4歩下がって接していきました。「勉強は好きな時に」「ゲームも何時間でもしていいよ」と。

 

家庭環境を少しずつ「丸く」していったことで、長男もだんだん心を開いてくれるように。前髪の隙間からちょっと外を覗く思いで、「この世は怖くないんだ」と外出してみる。髪を切る、お風呂に入る、歯を磨く。小さな成功体験を少しずつ積み重ねていって、変わっていきました。小学5年生の頃かな。登校からはますます遠ざかりましたが、心の方はちょっとずつ元気になりました。やがて家族みんなの雰囲気も明るくなります。

 

中学生になると、学校へ通うように

中学生になると、長男は、入学式以来、ずっと行くように。今では、部活や委員会の活動も熱心に参加して、学校生活を大いに満喫しているようです

 

元々、とても明るい子なんです。不登校中でも、長男は、自分の友だちを、毎日のように家に呼んで遊んでいました。相手の気持ちに敏感なので、お友だちが寄ってくるタイプなんです。「周りのことに、よく気が付く子です」と、学校の先生も褒めてくださるほど。

 

中学の時点で行けるようになったのは、私たち親が変わったことが大きいでしょう。でも、本人も、不登校中、いろいろ思うことがあったようです。YouTubeで「学校に行かなかったら、どうなるか」といった番組を見るなど、自分の将来について気にはなっていたみたい。

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