不登校、まず親が変わろう!

不登校
なぜ長男は、不登校になったのか?

「なんで行かないの?」って、不登校時代によく聞いたんです。長男が「どうこうだから」と答えれば、「じゃぁ、こうしたら行けるの?」とこちらは提案する。彼は、「これこれが嫌だ」と行かない理由を絞り出してくる。すると、私は「じゃぁ、担任の先生に話してみよう」と。本人が何を言っても、親側が「行かせる」ことしか考えていないなら、そりゃ、何も言わなくなっちゃいますよね(笑)。

 

なぜ、学校へ行かなくなったか、本当のところ、いまだによく分かりません。結局、ネットや本で調べるうち、「HSC (highly sensitive child/人一倍敏感な子ども)」に当てはまることに気づきました。病気や障害ではなく、生まれ持った特性・気質です。「あぁ、すごい子なんだな」と。思えば、私より人生経験してるんじゃないかっていうぐらい、先の先まで深く考えてる。いろいろ見えてしまう子なので、学校で疲れてちゃうんだろうな。

 

次女は、先生・友だちが大丈夫でも「学校が嫌」

「不登校あるある」なんですけど、きょうだいの中で、1人目が行かなくなったとき、他の子は頑張って行く。でも、問題の子が行くようになると、「今度は私が休息」という状態になって休み出す。まさにわが家のこと。長男が中学に通い出すと、今度は、下の2人の娘が不登校に。でも、娘たちは、家ではすごく元気なんですよ。こちらも、お兄ちゃんのことがあるから、「無理に学校に行かなくていいよ」と言ってますし。

 

次女は、長男と「症状」が似ていて、「HSC」だと思います。私が一度、1年の終業式に行ったとき、教室の横に立って、娘の様子を見ていました。一番後ろの席で、何もしゃべらず、いろんな子をじっと観察している。他の子が怒られてることも、敏感に感じているようでした。「あぁ~、これは疲れるよな。そりゃ、行きたくなくなるわ」と、私が見て思うぐらい。小2から不登校になった理由は、先生や友だちじゃなくて、「学校」が嫌なんですって。

 

不登校でも、「夢」に向かって生き生き過ごす長女

長女は、当初、小学校を「スーパーエンジョイ」してたんです。でも、中学1年の夏休み明けぐらいから休みがちになり、1年の終わりからほとんど行かなくなった。中2からは、ぜんせん。クリニックの先生が言われるには、この子も繊細な性格で、集団で過ごすことに強いストレスを感じてしまうのだと。集団に埋もれるのではなく、自分の「個」を伸ばしていきたいタイプなのでしょう。

 

やりたいことがいっぱいあるようです。自分が料理する食材や手芸の材料を探しに、1人で買い物に行くのも好き。この間ですが、通っているバレエ教室で使う「グッズがほしい」と専門店まで、初めて電車を乗り継いで遠出もしました。学校へ行っている子より、趣味も多いし、生き生きしてるんじゃないかと。「料理を学びたいから、この通信制学校の資料を取り寄せた」などと目的意識もある。今の通信制って進化してて、オンラインで週1~5回あり、受講は自由。娘は資料を見て、学ぶことを楽しみにしています。また、私の親にカメラを買ってもらって説明書を開き、必要そうなところをノートに書き出していた。「勉強家だな」と。全然心配はしてなくて、私自身、娘と一緒に、彼女の夢が叶うようワクワクしています。

 

…でも、やっぱり気になるので、「なぜ、学校に行かないの?」と聞くことがある。すると、「う~ん」みたいな(笑)。

 

それぞれ異なる学校側の対応

不登校中の学校の対応は、それぞれ違いますね。

 

小学生時代の長男は、とても良い担任の先生に恵まれまして。家までプリントを届けに来てくれたり、部屋まで上がって一緒にYouTubeを見てくれたり。次の訪問で先生が、「このゲーム、自宅でダウンロードしてやってみたが、よく分からないから教えて」と言ってくれたそうです。月1~2回でしたが、先生とのやり取りは、息子にとっては、とてもいい刺激になりました。

 

小2の次女は、まったく行っていないので、担任の先生も「まぁ、来れたらいいですね」という感じ。たまにプリントを取りに行ったりして、先生に家での様子を話すし、こちらもまったく心配していない。だから、先生も「大丈夫かな」と判断されているのでしょう。私はそれでいい。

 

中2の長女の場合、少し困っていて。先生たちは、娘を「学校に来れない子」「行けない子」という風にとらえられる。「行けるように、どうサポートするか」が前提になるので、不登校が続くと「今日も来れなかった」ということに。「『行く』が『ゴール』」の指導が、娘にとって負担になっているのではと。長男のように、「行かない」が基本で、「行けたらいいな」のスタンスでいてもらえれば嬉しいです。実をいえば、「不登校」という言葉も、あまり使いたくありません。「学校ありき」という発想から出てくる言葉ですから。。

 

「管理型の学校」より「フリースクール」を

どんな学校を望むか、ですか…。「学校」というより、教育機関の在り方そのものを変えてほしいかな。昭和から、詰め込み型の教育が変わっていないじゃないですか。学習面でいえば、YouTubeでも十分学べるコンテンツがそろっているし、そちらの方が面白い。国語、算数、理科は、家で全部できると思うんですよ。ただし、体育や美術など、力を合わせて何かをする、感想を言い合うなどは、オンラインでは分からない空気感や熱量がある。顔を合わせて、

「みんなで協力すること」を学ぶ場は必要です。それには管理型の「学校」ではなく、時間も体制も自由な「フリースクール」の方がいいし、将来それに代わっていくのだと思います。

 

長男は、不登校の反動か、中学校では、友だちとワイワイすることが、楽しくてしかたがないようです。塾には行ってないんですが、「勉強熱高いんだよね。参考書がほしい」と言うので、こないだ一緒に本屋に行きました。子どもって、人付き合いでも勉強でも、いったん「やりたい!」と思えば、集中力がすごいなと。やりたいことを伸ばせる環境こそが、大事なんだなって。

 

 

不登校児のママたちのおしゃべり会、立ち上げる

先日の5月13日、私が主催者となった「不登校・行き渋りっ子のママのおしゃべり会」の第1回目を行いました。場所は、「あやセンターぐるぐる」(足立区綾瀬)です。SNSやチラシで募集しましたが、3名の方が来てくださって。まず、私がメンタルクリニックで学んでいることを抜粋した資料を説明し、自分の体験を話しました。みなさんにも自身のことを語ってもらい、そこで夫婦関係を見直されたり、「アダルトチャイルド」という言葉を知ったり。いろんな発見をされたことが、良かったかなと。「こういうことを話せる場って、あまりないから、すごく嬉しい」と言われた方もおられました。

 

参加された2名は、お子さんが不登校でなく、そうならないための勉強に来られたとのこと。実際に不登校の子を持つ親御さんは、アンテナもはれず内側にこもってしまい、「子どもが、子どもが」と視野が狭くなりがち。本当に必要な人に届くように、どう発信していくかは今後の課題ですね。

 

会を立ち上げたのは、「わが子の不登校」について話せる場がつくりたかったからです。ママ友同士だと、雑談みたいに気軽話せるけど、「愚痴」で終わってしまいますから。「不登校」を表に出せば、当事者の親御さんが、「何か情報がもらえるんじゃないか」と相談に来やすくなり、私の経験をお役に立てることができますし。小宮ひさえさんが運営する「あだちファミリースペースevery tree」で不登校児のママの集まりが月に1回あって、娘を連れに遊び行ったことがあり、ここでの体験が大きいですね。また、専門の先生に相談すると、お金がかかる。診察室で少し話をして薬を出して終わりとか。精神科の先生にしても、やっぱり子どものことしか見ない、ということが多い。専門の先生といっても、本当にピンキリ…なんて失礼ですけど(笑)…。

 

この活動をやろうしたきっかけは、やっぱりメンタルクリニックの先生との出会いですね。行動依存を専門とされる先生ですが、お子さんが依存症である保護者のための「家族教室」を開いてくださって。その場で、問題が、子どもよりも親にあることを知ったのは、先にお話しした通りです。親自身はもちろん、その親から受け継いだ負のこと、夫婦間の葛藤などが、子どもたちに連鎖することを教えられて驚きました。これは一般に知られていないことなので、伝えないといけなと思ったんです。

 

子どもが学校に行かないと、大抵困るのは母親。低学年だったら家にいるわけだし、勤めていれば「出社できない」となる。行き渋りになったとすれば、学校へ引っ張って連れて行く。一方で、父親、男性は仕事を優先させ、生活は変わらないわけです。働き方や生活を変えなくてはならないのは、いつも女性です。そうした面で悩まれる方にも、力になりたいなと。「自立自由ママ応援プロジェクト」(代表・岡田朋子さん)にも参加していますが、「不登校部門」代表として相談を受け付けています。

 

精神的に張りつめた子ども時代

私は、江戸川区生まれ、江東区育ち、「江戸っ子」として育ちました。3人きょうだいで、兄と弟がいます。兄が体が弱くて、喘息持ちでした。母は、兄の手を引っ張って、喘息用の吸入器を抱え、幼い弟をおんぶして病院に連れて行った、と後年聞きました。

 

兄が入院すると、私は、親戚や近所の家に夜まで預けられて。「お母さんが大変だから、いい子でいなきゃいけない」と、無意識ながらに思ったようです。母はいつもイライラして、よく怒っていました。3人の子どもを抱え、父はいつも仕事でいないわけで、余裕がなかった。だからいっそう、私の中で、「こうでなきゃ」「ああでなきゃ」という思いになる。

 

自己肯定感が低いということはありませんでした。勉強が苦手で劣等感はありましたが、足も速くてスポーツが得意でしたので。小学校時代は、バレーボールの強いチームに通っていて、ずいぶん鍛えられもしましたし。

 

でも、思い返せば、私自身もHSCだったようです。匂いにとても敏感で、夕飯を食べに、2階から1階に降りてきたら、料理の匂いで気持ち悪くなる。洗面所で1回吐いてから、食べに行いきました。当時、そのことを親は知らないんです。言えなかったですね…。

 

家族で支え合って、「子育て」「ダンナ育て」「親育て」

実家では、母と父、そして兄と弟が一緒に住んでいます。母は過干渉で、細かいところまで口を出してしまうタイブ。相変わらず「息子の部屋が汚い」「何か言っても聞かない」と怒る。こないだ、私、「当たり前じゃん、お母さんは一言多い。全部言い返されて、言い返す気がなくなるんだよ」と指摘したんです。すると「そうなの?」と。横で「俺もそう思うな」と父親も(笑)。やっぱり、母本人は気付いてなかった。これまで、誰も言わなかったから、しかたないんですが。

 

私も、母から何を言われて「分かった」って言ったのに、もう一言来るので、「あぁっ!!」ってなる。でも、いざ私自身が子どもに怒っていると、その「母」が降りてきて、乗り移る…。親からどんな負の側面を受け継いでいるか、また子どもにそれを伝えてしまっているかを、常に自覚しなきゃいけないですよね。そのことを「不登校」の会で話し、誰かの気づきになれいいいなと。ちなみに、両親は私の活動をとても喜んでくれていて、励みになっています。

 

子育ては、夫婦間の助け合いが必要。「ダンナ育て」が大事なことも、メンタルクリニックで学びました。男性は、真正面から正論で責められたら、ピシャリと心を閉じてしまう。そこで先生から学んだ「アイメッセージ」を使っています。「私」を主語にして自分の要望や考えを伝えるコミュニケーシ法です。「授業参観に行ってよっ!」ではなく、「私、行ってほしいなぁ⤴」と語尾を上げる。「行かなくていい」と逃げ道をつくるわけです。するとかえって「期待されてるんだな」と、いそいそと行ってくれる。「長男と男同士、旅行に行ってくれたら、嬉しいなぁ⤴」と言い続けたら、3年後に実現してくれました。

 

私、スポーツが好きで、こないだ初めて「グランドホッケー」を体験したんです。「楽しかった!」ということを話すと、次女が言うんです。「ママが楽しそうで、すごく嬉しい!」って。やっぱり、母親が元気で笑顔でいることが、大事なんだなって。子どもたちに「親育て」してもらってます(笑)。

 

(聞き手・ライター上田隆)

 

【問合せ】

「不登校・行き渋りっ子のママ達のおしゃべり会」

主催者・佐藤裕子

irukachan86@gmail.com

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