<講演/放送大学・千葉大学名誉教授 宮本みち子さん>
子どものため、未来のため、
ジェンダー平等を考えよう
先ほど、ご紹介いただきました宮本みち子です。私は、千葉市に住んでいますが、15年前から、足立区にいろいろとかかわらせていただいています。近藤区長が全国に先駆けて取り組まれた「子どもの貧困対策」が、一番最初でした。その後、区長が奔走されて導入に至った「孤独ゼロプロジェクト推進活動」で委員をつとめさせていただいてきました。そして今回の「足立区基本計画」の策定に、微力ながら協力させていただき、ようやくその役が一段落しました。今では、足立区のニュースが流れますと目がそこにいくという状況です。本日は、「ジェンダー」のことで講師に招いてくださり、大変光栄に思っております。壇上で申し訳ありませんが、みなさまと知見を共有したいと思いますので、よろしくお願いいたします。
男性労働力が潤沢な時代は、女性の地位が低い
「女性」「男性」の問題を考える上で、今は、重大な転換点だと思います。それは、「大転換する人口構造」なんですね。資料の題名の通りですが、「男性労働力人口が潤沢な時代には、女性の地位が低い」ということなんです。人口学では、すでに言われていたことですが、それが実感を持って分かるようになったことを強く感じます。
日本の戦後をおさらいしますと、敗戦で、本当に何もないような状態になったものが、その後、「奇跡」といえるような経済発展を遂げたわけです。1950年代の後半から70年年代の時代には大きな特徴がありました。「男性労働力が非常に潤沢な国」であったということです。同時代、すでにヨーロッパ諸国では、少子化が危惧される段階に入りました。例えば、当時の西ドイツの新聞に、こんな漫画が掲載されました。西ドイツ人のママのベビーカーには赤ん坊が1 人、日本人のママのベビーカーには2人という一コマ漫画です。両国とも敗戦国で、経済発展に邁進したのですが、少子化が進む西ドイツから見て、日本の人口増は驚異だったのです。しかもこの頃の日本は、高齢人口が少なかったので、社会保障費もかからない。そして「豊かさ」を求めて、潤沢な労働者が一生懸命に働く。経済発展にはすごくいい条件がそろっていました。これを人口学では「人口ボーナスの時代」といいます。ところが2000年代に入って逆になるのです。少子化が進み人口減となり、労働力が減る一方で、社会保障費は高騰する。これを「人口オーナス(負担)の時代」といいます。
「安定した家族」を支える条件とは
「人口ボーナスの時代」では、潤沢な男性労働力に恵まれ、雇用率は非常に高い。それは経済が発展しているからです。仕事を求めている人には、仕事が潤沢に行きわたる。そして失業率が低い。こういう時代が、高度経済成長期に実現したわけです。すると、人々の生活は何によって保障されたかというと、男性が勤務する「会社」で得た賃金および福利厚生費となる。これが、「日本型の企業福祉」といわれるものです。
それを支える基盤としてあったのが、「安定した家族」です。正社員の夫・父親が大黒柱(世帯主)として一家を支える。安定した「核家族」を維持していく背景に、「高い婚姻率」「低い離婚率」「低い死亡率」「専業主婦の保護政策」があります。この4つは、「社会」「家族」を支える最も特徴的な条件でした。性別役割分業によって家庭は維持されたのです。親は子どもの教育に熱心であり、そのためならお金を出すことを厭わない。母親は、家事担当者である以上に、子どもの教育担当者としての役割を与えられました。これが高度経済成長期における日本の家族の典型的な姿だったのです。
高学歴化するも、女性の働き方は「非正規雇用」
男女雇用機会均等法が、1986年に施行されます。同法により、性役割分業体制が見直され、女性も社会的な仕事につく時代の幕開けとなります。しかし、就業における男女平等は簡単には実現しませんでした。そうした時代の到来が20年ほど早かった欧米諸国には、日本と異なる状況がありました。労働市場には安定した雇用があった時代だったのです。ところが日本の場合、法が施行されて間もなくバブル経済が崩壊、安定した雇用体制が崩れ、非正規雇用の急増時代に入ったのです。このように男女雇用機会均等体制は不幸な時代のなかで幕開けとなったのです。
1990年代になると、非正規雇用が急増。企業に全面的に抱えられて、正規雇用として定年退職を迎えることが約束されなくなっていきました。それ以前は、家計の補助者としてのパートタイマー、これが既婚女性の働き方でした。しかし21世紀に入ると家計における女性の責任は重くなり、「家計の補助者」ではなくて「家計の支え手」へと変化していくのですが、その多くが「非正規雇用」でした。正規雇用の場合にも男女の賃金格差は極めて大きかったのです。
そういう状況が、「高学歴化」と同時並行で進みます。女性の大学進学率は年々上がるのですが、家庭をもっても働き続けられるだけの安定した仕事が十分に用意されていませんでした。一方、高学歴化する時代の中で、進学しない女性(男性の問題でもありますが)は、大卒でないゆえに条件のよい職が得られにくくなるという問題も顕在化してきました。
「労働力不足」は、まだ始まって日が浅い
2010年代、企業の現場では、「労働力不足の時代に入りつつある」と、警鐘が鳴らされ始めていました。しかしその影響はあまり切実に実感されませんでした少子化の問題にしても、どこかよそごとみたいな感覚がありました。少子化問題への真剣さが無い状態では、日本のジェンダー問題の捉え直しも弱いままでした。
なぜ日本社会全体の認識が遅れたかといえば、労働力不足が始まってまだ日が浅いことがひとつの原因です。「労働力不足の時代」といえば戦時中があります。男性たちが戦地に行ってしまって働き手がいなくなり、女性がみんな工場や労働現場に出て働きました。しかしその後は、高度経済成長の時代に入ります。その時代が完全に終わるまで、長らく「労働力不足が深刻だ」という経験をしていない。潤沢な「人口ボーナス」の時代がずっと続くものだと、漠然と思っていたのです。外国から労働者を入れる必要も、女性が働く必要もないと考えられていたのです。しかし、本当の意味での「人口ボーナス」の時代は、20年しか続きませんでした。
東京23区は、ミドル層の3割が一人暮らし
私はこの数年、ミドル期シングルの調査を行ってきました。東京23区では、結婚しない人、しかもひとり暮らししている人が、全国で1番多いのです。詳細にいえば、30代半ばから60代の後半までの年齢層の約3割が、1人暮らしです。未婚者のなかには親などと暮らしている人も多いのですが、その割合は地方圏に比べると少なく、ひとり暮らしが多い点に特徴があります。地方出身者が多いというのが一因です。これが10年後には約4割に増加するという予測です。一方、地方では、労働力が減少を続けています。
欧米諸国は、20世紀半ばになりますと、深刻な労働力不足の時代に入ります。そこで2つの道を取りました。1つは、まず女性の就業率を上げること。もう1つは、外国人労働者を入れること。「そうしなければ、社会が維持できない」と、徹底した対策を行ったわけです。
日本では、2010年から本格的な労働力不足の時代に入ります。それ以前にすでに労働力不足は始まっていたのですが、誰もが感じるようになったのは、コロナ禍の3年間が終わったときでした。いろんな業界で人材不足が顕在化し、業務が立ちいかなくなる。ここでやっと、日本では出生率が低下して「国家存亡の危機」に直面しつつあると認識されるようになりました。同じことが、20~30年前にもっと真剣にいわれていたら、日本の社会はもう少し変わっていたのではないかと思います。
東京シングル女性の結婚しない本音
ちなみに、東京23区で、結婚せずシングルで生活している女性たちのインタビューを行いました。その言葉を拾ってみると、多くの未婚者は、「結婚したくない」というわけではない。でも、結婚することは、なかなか難しい。誰かが世話をしてくれるわけでもないし、自力で自分に合う人に出会えるわけでもない。それに半分以上の女性は、自身でちゃんと稼いでキャリアを築き、自活しているわけです。東京は、全国の中では、女性が働く環境としては一番良い状態にある自治体です。結婚することによって失うキャリアを考えたときに、未婚のまま生活を続ける方がいい、という気持ちになっていきます。それほど、「家庭を持つということ」と「現実の結婚の在り方」が、矛盾するんですね。


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