子どものため、ジェンター平等を

ジェンダー
「少子化」の背景に、就職氷河期世代への無策あり

「就職氷河期世代」と呼ばれているのは、1970年から1984年に生まれた方たちです。先頭の集団は、もう50代に入っています。この方たちが、学業を終えて社会に出たのが、2000年前後。バブル崩壊による不景気で新卒者の深刻な就職難となったわけです。現在、「子どもの貧困」が深刻化していますが、その子たちの親世代が、まさに就職氷河期世代と重なります。それより若い世代とも重なります。全般的に、正社員になれたとしても給料は上がらないし、むしろだんだん下がっているような状態が続いています。

 

朝日新聞(2024年1月9日付)に、元厚生労働省の幹部男性の談話が載っていました。日本の少子化対策において、最後のチャンスだったのが2000年前後、つまり、就職氷河期世代が出産の時期に達する頃だったというわけです。この世代は、団塊ジュニア(1971~1974年生まれ)です。この世代が出産期を迎えて第三次ベビーブームが生じるものと期待されていました。しかし、第三次ベビーブームは起こらなかったのです。実は、この団塊ジュニアの人たちこそ、「結婚をしない、自分自身も家庭を持たない日本で初めての世代」だと言われています。この世代から、日本社会の構造が、本質的に変わったと理解していい。未婚者は男性の方が多く、女性は5年くらい遅れて増加しています。

 

記事の話に戻りますと、その元官僚は、当時の省内の雰囲気を振り返り、「高齢者と子どものどちらが大事かの議論さえなかった」と述べています。政府が危機感を抱いていたのは、急速に増える高齢者人口でした。その社会保障や医療の問題などを、どうクリアして、社会の仕組みをつくっていくかに関心が集中していて、生まれる子どもが少なくなりつつあることには目がむかなかったのです。

 

「少子化」は明らかなはずなのに、なぜ、手を打てなかったのか。理由は2つ。1つは、先ほども指摘しましたが、「日本社会が、労働力不足を経験したことがないこと」。だから、切迫感が持てなかった。さらにもう1つは、「女性が男性と同様に働くことを社会が受け入れず、増加する非正規雇用を黙認したこと」。後者については、具体的に言うと「低賃金労働は、潤沢にいる女性のパートタイマーで対応できる」という認識が続いたことです。出生率低下の問題は、労働力の供給問題としか見なされず、「足りなければ、女性のパートタイマーを増やせばいい」という発想です。この発想の基盤には根深い女性差別意識と性役割分業意識があったのです。「少子化」が、「人権や平等の問題、社会の深刻なひずみによる現象だ」とは考えてはこなかったのです。

 

「男女雇用機会均等法」に抵抗した男性社会

2024年2月に亡くなられた、元労働省の婦人局長で後に政治家になった赤松良子さんは、男女雇用機会均等法(1986年施行)の成立に尽力された方です。去年の朝日新聞(2024年1月9日)に、赤松さんの談話が出ておりまして、「男女雇用機会均等法制定までの道は、険しかった」と話されていました。財界・政界・官僚の男性たちから、たくさんの反対意見が挙がったそうです。理由は、「女性は、補助労働を原則とすべき。日本の終身雇用制の中で、女性の待遇を上げれば人件費がかかる。日本の企業は、こんなに高い生産性と高い利益を上げることはできない」というもの。赤松さんは、「結局女性が、社会で力を発揮できないのは、日本型雇用体制が原因」と指摘しています。年功序列と終身雇用制度によって、日本の高度経済成長は成功したとされています。しかし、女性の立場から見ると、その制度があるために性別役割分業体制が維持され、実社会では女性差別が長く続いたのです。そうこうしているうちに、労働力が不足する時代になり、日本型雇用の体制自体、維持できなくなったというわけです。

 

この記事と関連してもう1つ、朝日新聞(2025年6月16日付)の記事で、元労働・厚生労働官僚で局長や大臣官房長を歴任した定塚由美子さん(現在、公益財団法人「21世紀職業財団」会長)が、労働省に就職した40年前を回想されています。ちょうど男女雇用機会均等法が成立するかどうかの頃でした。当時中央官庁では労働省しか女性を採用してくれなかったそうです。彼女は東大を出たキャリア組ですけれども、お茶くみから仕事を始めさせられたそうです。やがて、雇用機会均等法を決める大詰めの労働政策審議会があり、上司から、勉強がてら参加を指示されます。この審議会は、経営者委員と労働者委員と第三者委員の3者で構成されています。経営者側委員は、業界各団体から出た委員ですが、雇用機会均等法を定めることに激しく反対が続いたそうです。特に、企業の義務化を定めた点への抵抗でした。その様子を目の当たりにした定塚さんは、大きな衝撃を受けたと言います。結果として、雇用機会均等法は成立し、これまでは大卒女性は入れなかった企業に総合職として女性たちの入社が始まりました(均等法第一号)。けれども、その後の経過をみると、最終的には残ったのは、「男並み」に働く一握りの女性だけでした。結局多くの女性たちは、家庭役割を担いながら総合職としての勤務を続けることができず見切りをつけたのです。女性の就業化は進んだけれど、補助労働者として働き続ける女性の増加の方が多かったのです。

 

日本の「ジェンダー・ギャップ指数」は、世界の最底辺

2025年度版「ジェンダーギャップ指数(GGI)」ですが、片野さんがご紹介くださったように、「日本は118位」と紹介されました通りです。指標は「教育」「健康」「政治参加」「経済参画」の4つに分かれます。これで見ると、日本は、「教育」「健康」に関しては世界トップレベルを維持。他方で、一番ひどいのは「政治参画」で、他国より著しく劣る。「経済参画」が一時ちょっと伸びましたけど、やはり非常に低い状態です。皮肉なのは、日本の女性の教育水準ですね。かなり高くなってきていて、そのうちに、主要大学では女子学生の方が多くなる段階になるだろうと予想されています。なのに、政治にも経済にも参加できてないというアンバランスな状態です。

結局、高い教育を受けた優秀な女性たちが、家庭を主に生きなくてはならず、子どもの「教育ママ」として能力を発揮せざるをえないという現象が数十年にわたって続いているのです。宝の持ち腐れといいますか…。

 

生涯子のない女性が、「4割」という推計

次の調査データは、「子どもの数からみた1990年生まれ(2005年に15歳)の女性の将来」(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口」)というもの。2006年時点での国の推計ですので、少し数字は古いのですが、衝撃的な内容です。この女性たちが50歳になった時点での推計値ですが、一度も結婚をしない人(生涯未婚)が「24.3%」です。2025年現在では「3割」に近いと思います。既婚・子なし率が「13.8%」。つまり、1990年生まれの女性は、未婚・既婚を合わせると、生涯子のない女性が「38.1%」になるのです。現在の推計では4割を超えるでしょう。

 

これらの数字を総合すると、「2006年推計時に20歳より若い女性たちでは、2人に1人は孫以降の直系子孫は持たない」という結果になるといいます。つまり、もつとしたらせいぜい自分の子どもまでで、その次の世代はなく、本当に一世代で終わりというのです。

 

 

今の年金制度では、「高齢女性の貧困」に対応できない

労働力不足まで進んでいるにもかかわらず、女性が働くことに関しての環境整備や意識改革が、一向にはかばかしくありません。共働き世帯が8割に達する時代、結婚しない女性が3割に達する時代へと変化していることに合致していないのです。その結果、女性の貧困という現象が見過ごせない状態にあります。性役割分業体制の大転換が生じない限り、貧困に陥る女性の増加を食い止めることはできないと思います。

 

最近も、「年金制度改正法」に際する論議が展開しました。元々、年金制度というのは、「女性は働かないで、後方部隊として家庭を支える」という前提で組まれたものですが、年金制度が、妻の高齢期を支えることができなくなり、「高齢女性の貧困化」が進んでいるのです。公的年金制度の基盤が弱体化しているうえに、今のように人口と世帯構造が変わり、結婚しない人が増え、家庭の姿が核家族中心ではなくなっている中、これまでの社会保障制度では、女性が守られないのは当然です。

 

約40年後、未婚・離別の単身女性のおよそ半数の290 万人が、生活保護レベル以下の収入になるという試算が出ています(国際医療福祉大学・真鍋弘樹氏)。つまり、男性中心社会が長く続きすぎたことによって、高齢単身女性が貧困化しているのです。また、家族の多様化が進むにしたがい、女性は、「自分が働いて収入を得ること」を抜きにして生涯の安定を確保することができなくなっています。たとえば、結婚せず家庭を持たず、親と同居しているミドル期の女性たちが、じわじわと増えています。その方たちは、親が亡くなった後自活しなければなりません。あるいは高齢化した親の扶養と介護に備えなければならなりません。離別した女性の経済も深刻です。

 

子ども時代の貧困の継承は、「1980年」が分水嶺

子供の貧困は、ジェンダー問題とかかわります。首都大学東京子ども・若者貧困研究ゼンター長の阿部彩先生は、子どもの貧困を政策の俎上にあげた方です。重要なターニングポイントをつくられた方です。

 

阿部先生は2018年、小学校の子どもたちとその親御さんを調査して「貧困層」と「一般層」のグループに分けて比較しました(『東京都受託事業「子どもの生活実態調査」詳細報告書』平成30年3月)。すると、現在の貧困層では、4割弱のお母さんが、15歳時点で「生活が苦しかった」と答えています。それに対して、一般層では4%のみ。つまり、貧困層のご家庭(多くは母子家庭)のお母さんの状況から、次のことが判明します。1980年以降に生まれたお母さんほど、本人が15歳の頃には、すでにご家庭が経済的に厳しかった方が多いということ。一方で、1980年以前に生まれたお母さんたちは、子どもの頃に厳しくても、まだ日本の経済が上向いていた時代の波に乗って、チャンスをつかみ、経済的に良くなった方がおられる。つまり、失われた30年のマイナスを背負って、若い世代ほど、子ども時代の貧困が継承され、子育てをしながら貧困から抜け出せない傾向が強まっているのです。

 

貧困家庭のアンケートで明るみになった「悲鳴」

私は、公益財団法人「あすのば」の理事を、ずっと務めてきました。子どもの貧困問題に取り組む団体で、子どもと家庭に対して、さまざまな支援活動を行っています。直接的な経済支援もその1つ。小中高校の入学時に、まとまったお金が必要になります。ランドセルが、制服が買えない、などのご家庭に、3万円、4万円、5万円の現金を給付しています。

 

過去5年間に給付を受けたご家庭の親子6,000人にアンケートを実施しましたが、その解答が驚くべきものでした(「生活保護・住民税非課税世帯6千人調査」公益法人あすのば 令和6年)。中学生のお子さんでは、「学校の勉強がわかる」と答えた子が2 割しかいない。つまり8 割の子は「勉強が分からない」。また4 割以上の子が、「何もないのにイライラする」「何となく大声を出したい」「学校へ行く気がしない」「何もやる気がしない」との答え。

 

アンケートの自由記述では、次のような声が寄せられました。

「お母さんは病気なのに、無理して働いて、病気がひどくなりました。それでも毎日がんばって家のことをしてくれたり、僕のためにいろいろなことを我慢してて、お母さんに幸せになってほしいです。早く働いて、お母さんを助けてあげたいです」(香川県、中学3年男子)。給付を受けた家庭の90%は、お母さんが働いても働いても暮らしていけるだけのお金が稼げないことを物語っています。

 

40代のお母さんの、こんな記述もあります。「生活が苦しく転職しました。次に気になっているのは、(少し給料が上がったために) 児童扶養手当の所得制限にぎりぎりかかってしまうのではないかということです。どう転んでもがんじがらめです。毎日毎日、ぎりぎりで生きています。少しずつ借金が膨らんでいき、恐怖が押し寄せてきます。助けてほしいです」(石川県 4人の母子世帯の母 40代)。

 

人口減の日本が目指すべき2方向とは

日本社会は、新しい時代に入りました。人口減少する社会を前提にしながら、2つ方向性があると思います。1つ目は、「女性が生かされる社会が、子どものウェルビーイング(well-being)を高め、社会の展望を開く」。「ウェルビーイング」とは、「物心ともに幸せな状態」ということです。2つ目は、「人権が尊重され、全ての人々が社会に参加し、生かされる社会」。これらが、21世紀の目標ではないかと思います。本日お話した、日本特有の人口構造、世帯構造などの大きな変化を見据えて、これから会場のみなさまで意見を交換していただければと思います。私は会場を回りながらご意見をうかがい、また最後にちょっとまとめさせていただきたいと思います。

 

(30分ほど、グループでの意見交換会)

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